Past Exhibition
Multiple Project
白石 由子
SPECIMEN
2011.5.10 - 5.27
白石由子がマルティプル作品を制作しました。
《SPECIMEN》と評された、このマルティプル作品には、虫にまつわる音源を四角いレコードに収録し納めています。標本 箱としての作品とともに、白石由子作曲による作品のテーマ”SPECIMEN”と、白石由子と川村格夫の共作による、エドガー・アラン・ポーの詩を楽曲化した“The Passage of the Butterfly”とハーマン・メルヴィルによる「白鯨」をテーマにした”White White Whale”を収録する他、イギリスでサウンド・アーティストとして活躍しているJohn Matthiasによる”Ten Miles Bank” も収録し、標本箱という箱と収められた音楽を通じて一つの世界になっております。
SPECIMENの背景
プロジェクトSPECIMENが生まれる背景には色々な要素が重なり、また歴史がある。 小さい頃から、私は自然科学が好きだった。動物好きから発し、蝶を収集する叔父からの影響もあり、昆虫、恐竜などから全部好きだった。自然科学が大人になってからアートとかかわり合っている私に特に大事になったのは、文学や哲学は人間世界を中心とするが、自然科学はまったく違うパースペクティブで世界観を与えてくれたからである。SPECIMENはその結果である。
横田茂ギャラリーの横田さんとはもう20年以上の付き合いである。彼からマルチプルの話が来たとき、私は即座に音楽を作りたいと思った。それは、私が絵画の他に建築のプロジェクト、インスタレーション、キュレーションと関わり合った後に何が何でもやりたい分野であったのが音楽である。
そこでここに自然科学と音楽がアートを通して一緒になったのである。
SPECIMENは日本語の訳だとこういう意味になる…見本、標本。 これは私にチャールス・ダーウィンのことを思い出させる。そしてまた19世紀のダーウィンの時代の自然科学に触れていた作家達、エドガー・アラン・ポーやハーマン・メルヴィルを思い出させた。彼らはダーウィンの「種の起源」に触れていた。
私は今、21世紀はこの19世紀に似ていると思う。私たちはもの凄い量のインフォメーションを毎日収集している。ドイツの映画監督のビェルナー・ヘルツォークが言った言葉だが、ネット、携帯電話、フェースブックなどのような(これは勿論最近の映画、ソーシャルネットワークを思い出させるだろう)伝達手段が急速に展開していくにつれ、それに正比例して人間の孤独が増していく。これはパラドックスに聞こえるかもしれないが、これらの伝達手段によって孤立を脱することが出来るかもしれないが、孤立と孤独とは違うものだ。孤立隔絶は携帯電話があれば解決できるが、孤独はもっと実在的なものだ。 これを思って、ポーとメルヴィル、自然科学、ロックが私の中から出てきたのである。人間の孤独は絶対に自然の世界観を必要とすると思うのである。
川村格夫とは京都アートウォークのプロジェクトで3年前に手伝ってもらい、何故か二人でバンド36を結成する事になった。彼の音楽友達「hyogen」のメンバー等が私たち36の音楽を現実化させてくれたのである。またコールドカットのジョナサンを通して、ニンジャチューンのミュージシャンでもあるジョン・マサイアスと出会い、彼はまたレディオヘッドのトム・ヨークと学生の頃からずっと今も一緒に音楽を制作している。今度のプロジェクト参加と共に、ジョンは音楽の世界に疎い私にトップのミキサー、マスターエンジニア達を紹介してくれた。
そしてこの音楽が出来たときに3.11の東日本地震が起こったのである。これは足下から日本そして私を揺るがした事である。孤立、孤独、不安いろいろな要素が私の中に入ってくる。 自然はあまりにも猛威であり、残酷であり恵みである。
最後にメルビィルの「白鯨」からの言葉である。
「―いずれにせよ、この夢見ごこちの若者の思考のリズムが波の律動と同調して、まるでアヘン吸引者のような虚無的なけだるさ、無意識の幻想にたゆたううちに、ついに若者はおのれの実体を見うしない、足もとの神秘な海のことを、人間と自然にあまねく浸透する、あの深く、青々とし、底いない魂の目に見える姿だなどと思いこみ―世界中の砂浜の一部となったように、時空をこえて宇宙に浸透することになるのである。―だが、かような眠り、かような夢にふけりながら、すこしでも手足をうごかしてみるがよい。一瞬でも手をはなしてみるがよい。恐怖とともに、おのれをとりもどすことになろう。―こころせよ、汝ら汎神論者よ!」
(メルヴィル『白鯨』八木敏雄訳、岩波文庫、2004年より一部抜粋)
白石由子
2011年4月26日