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Past Exhibition

Printed Matters

新正 卓


かなたこなた
約束の大地/アメリカ

2016.10.3 - 10.21

出品リスト

「かなたこなた」
OROgraphy (digital-positives) Pictorico TPW100 Film

   
1. 磨崖仏 大分(3 点組)2014年
61.0×87.0 cm (each sheet)
2. 磨崖仏 奈良 2014 年
61.0×87.0 cm
3. 磨崖仏 福島 2014 年
61.0×87.0 cm
4. 磨崖仏 宮城 2014 年
61.0×87.0 cm
5. 磨崖線刻 奈良 (2 点組)2014 年
86.5×61.0 cm (each sheet)

「約束の大地 / アメリカ」
All photographs size 40.8 × 50.8 cm, palladium print

1. HEART MOUNTAIN(Potato cellar vents), WYOMING, July 1997
2. GILA RIVER( Canal Camp), ARIZONA, August 1997
3. POSTON (Camp II), ARIZONA, August 1997
4. MANZANAR, CALIFORNIA, July 1997
5. ANGEL ISLAND (The Immigration Station), CALIFORNIA, August 1997
6. TOPAZ, UTAH, July 1997
7. CRYSTAL CITY (Internment Camp), TEXAS, August 1997
8. TULE LAKE (Graffiti at Camp of Kachi-Gumi Youth), CALIFORNIA, August 1997
9. TULE LAKE, CALIFORNIA, August 1996
10. TOPAZ, UTAH, July 1997
11. HEART MOUNTAIN, WYOMING, July 1997

展覧会概要

対峙の技法 -かなたこなたについてー

開けた眺めと、奥まった眺め。
新正卓(1936 年生れ)はこれまで数多くの作品で、いまここからの眺望が水平方向に遠い彼方へつらなる、広々 と開けた地理上のポイント(人間のつくり出す文明のへり、外部への開口部ともいうべき)に立つことを、自ら に与えられた使命のように引き受け、確信をもってそれを反復してきた写真家といえる。
わけても、東西冷戦の終焉後に続く1990 年代に取り組んだ一連の仕事、すなわち、第二次世界大戦とその戦後処 理の歴史過程が残した痕跡を、ロシア、北米大陸の各地に分布する荒野のただ中に照射=直視していく作品群(シ ベリア抑留日本人兵が強制労働に従事した地を巡った「沈黙の大地/シベリア」、北米日系人たちの強制収容キャ ンプが存在した跡地をたどる「約束の大地/アメリカ」)で、彼は一貫して大型カメラを用い、さながら丘の上の 灯台のごとく、歩哨の眼のごとく、地上の果てへ伸び広がる水平世界と向き合い、見渡すことと凝視することを 一つずつのショットで同時的に錬成し続けた。それらはとりも直さず、荒野の光景をつらぬく歴史という垂直軸 =不可視の時の隔たりへ向け、眼差しを遠投していくチャレンジでもあった。(彼方へつらなる時空の広がりと対 峙していく新正のアプローチ、問いの立て方は、次いで2000 年代以降、陸と海の境に立つ「HORIZON」シリー ズへ受け継がれ、滔々たる展開をみることになる。)
だが、と立ち止まる。彼はひたすら” 開けた眺め” だけを追ってきたのではないのだ。ある周期で、この写 真家は、” 奥まった眺め” に集中することがある。
例えば、2009 年発表の「frame & vision - blessing in forest -」と題するシリーズで、新正は、森の奥深い ところへ大型カメラを持ち込んだ。勾配の変化に富み、足もとの著しく不安定な地点に立つことを求め、森の混 沌のただ中で、写真装置がオートマティックに演繹する空間規則に揺さぶりをかけ、見ることの座標軸のとり方 を問い直している――”開けた眺め”と対峙する眼差しを営々と錬成してきた彼が、ときに、このように”奥まっ た眺め”へ沈潜し、環境世界へアプローチする自らの視座を再考、組み換え、更新しようとしているように見え るのは興味深い。
2016 年の新作「かなたこなた」に開示される”奥まった眺め”。九州、近畿、東北など、列島各地の様々なロケーショ ンにそそり立つ岩壁や、岩壁を穿った壁龕の内壁などに刻まれた石仏――いわゆる”磨崖仏”にレンズを向ける このシリーズで、新正は、歴史的な石造美術のドキュメントを制作しようとしているのか。いや、そうではある まい。”奥まった眺め”の中に鏡などを使って光を入射させ、長い歳月を経てきた石の仏たちの姿を浮かびあがら せる、というここでのアプローチは、不可視の時の積層=隔たりをつらぬき超えようとする強い働きかけではな いだろうか。新正はここで、列島のランドスケープとともにあり、黙したまま万象と向き合い続ける磨崖仏たち から、いまここにある意識と遥かな時空の広がりを繋ぐ、対峙の技法を学ぼうと意志しているのではあるまいか。

大日方 欣一(写真/ 映像研究、九州産業大学芸術学部教員)